子供達の芽

 
今日の産經新聞に、とても興味深い記事があったので紹介。
 
少子化の本当に怖い話
 
ある中学校を取材した時に校長先生から聞いた話がまとまっているのだが、大きく2つの話が載っている。
 
1つめは、『単語会話』について。
 
自転車屋に来た少年が、店主に向かって一言 『空気』
生徒が、『先生、部活』、『先生、終わった』
会話が成り立っていないと言う話。
 
この単語会話は、少子化の影響から、狭い人間関係の中で生活が成り立つ事で、多くを語らずとも、意図や要求が通じてしまうという社会環境が作り出した問題と書かれている。もちろん家庭教育の問題も否定していない。
 
我が子達も、『お箸!』『おやつ!』と単語だけで要求してくる。気がつけば注意するが、何となく過ごしていると、そのまま流してしまい、不十分な要求に対してまともな対応をしている事も沢山ある。地道な応対で、会話力を養って行かないといけないと再認識した。
環境が作り出した問題かもしれないが、要は教育する立場の対応次第だと思う。
 
 
そして2つ目は、『向上心』 について
 
この記事の例では、幼稚園から中学まで皆同じメンバで大っきくなって来たらしい。皆が、頭のいい子、走るのが速い子など、誰が1番か分かってしまっているらしい。すると、子供たちの中で関係性が固定化し、自分は勝てないと決めつけてしまう。そういう子供たちに、『やれば出来る』という向上心を植え付けることが、とても大変だと言う話。
 
そうなんだと関心。また、記事には書かれていないけど、逆に『囲の中の蛙』になるこもいるんじゃないかと心配してしまう。記事の例は極端ではなく、特に田舎になればこういったケースが目立つだろう。
 
サッカー等で子供達と接している立場から、この内容を見直してみた。すると、子供たちの間で出来た関係性は、以外と大人達が作ってしまっていることもあるんじゃないかと思うこともある。
 
**ちゃんは、上手だもんね!
**くんは走るの速いからね!
 
『だから、仕方ないよ!』
 
子供達がなにかに勝てなかったとき、出来なかったとき、こんな事を言って元気づけようとしていないだろうか。
 
子供達が、仕方ないんだ!って思ってしまったら、それは大人が子供の芽を摘んでしまった事になると思う。
 
強く意識をした事がなかった自分も、そんな事を言ってたかもしれない。
 
子供の芽を摘まぬよう気をつけたい!
 

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